2017年01月12日

問4・宗教は違っても、結局はみな同じ様なことを言うのでは ないでしょうか?

宗教の問題になると次の歌が引き合いに出されます。
「わけ登るふもとの道は多けれど同じ高嶺の月を見るかな」
どんな宗教でも、結局到達するところは同じだと人は言います。
確かに宗教であれば共通している部分があるだろうと思います。
そこで考えたいことは、宗教を判別する中で一体「何からの救い」を強調しているかということです。つまり不幸をもたらす真の原因が何であり、何が幸福と考えているかが問題になります。
ある宗教では、病や貧しさか或いは悪い環境や性格的欠点が不幸の原因だと考えるのですが、聖書ではかえって病も恵に変えられ、人生の逆境も祝福に変えられることを教えています。そ
れでは何が不幸の原因かと言いますと、人間の内に宿っているエゴイズム、自己中心に原因があると教えています。聖書はこの「神と人を無視する自己中心」という生き方のことを「罪」と教えています。現代の忌まわしい暗い事件を見ると、自己中心に拠っていることを認めざるを得ないのではないでしょうか。またこの罪が家族や友人との関係を不幸にするのです。ですから聖書はこの「罪」からの救いを教えているのです。その罪からの救いということになると、ちょうど泥棒が泥棒を救えないのと同様
に、罪人は罪人を救えません。罪のないお方だけが罪人である人間を救いうることになります。そして罪のないお方はイエスキリストしかいないということです。(問16参照)
posted by kbccQandA at 14:31| キリスト教