2017年01月12日

問3・ 私は信仰心がありませんが、まじめに生きていればいい のではないでしょうか?

確かにまじめに生きるというのは良いことですが、ただ「まじめ」と言われる時、何を基準にして判断するかということです。
また「良心」が有ればそれでいいではないかと聞くこともあります。その場合も「良心」は人によって変わります。例えば、他人の悪口を言うときに良心の呵責を感じる人もいれば、全く感じない人もいます。要するに「まじめさ」「良心」も物差しが人によって違うということです。だからこの違いが時に争いにもなり、自分に自信が持てない不安も出てくるのです。だから客観的な基準が必要になってきます。人類の歴史で、広く深く長く、良い影響を与えてきた基準を見いだすことが求められるのではないでしょうか。聖書はそういう点で時代が変わろうと、思想が変わろうと、人類に不変の正しい基準を提供してきたのではないかと思われますので、ぜひあなたの生き方の参考にしていただければと思います。
posted by kbccQandA at 15:29| キリスト教