2017年01月12日

問 14.科学と宗教とは両立するものでしょうか

科学と宗教が対立すると考えた時代がありました。例えば、現代では常識となっている「地球は回転している」という事を当時の教会は「太陽が昇っている」と反対したわけです。決して聖書がそう語っているのではなく、人間の独断的誤解から生まれた間違いであったわけです。ところで科学と宗教は、それぞれ異なった視点に立って探求するものです。たとえば、科学では私たちが経験できる事柄を扱い、観察や実験を通して真理を探求、解明して行くわけです。それに対して宗教は、私たちが経験できる事柄だけでは十分の説明できないことを認め探求していくのです。「死」という事で説明すると、科学では「死」は「生命活動の停止」と解釈するでしょうが、これで「死」について問題が全て片づくわけではありません。「死」の恐れや不安が生じるのが現実であるからです。こういう「死」の問題に関しては、現象面だけでは納得できず、もっと深い説明が必要となります。宗教とはこういった事柄を語っていくものです。

  

posted by kbccQandA at 07:44| キリスト教

問 15.聖書の奇跡は非科学的ではないですか

確かに聖書には多くの奇跡が記されています。自然法則を学んだ現代は、聖書は自然法則に反すると考え→そんなことは起こり得ない→だから聖書は真理ではない、と判断するかもしれません。しかし奇跡は「反」自然なのではありません。「超」自然なのです。自然界の法則が停止したり、破壊されたりするのではなく、それを超えた超自然的な力が働くとき、奇跡が起こるのです。しかし奇跡は全能の神の気まぐれで起こるのではありません。ある目的遂行のためになされるものです。その目的というのは、人間の救いということです。神は私たち人間の救いのために奇跡をなさいました。しかしこういった奇跡の問題は要するに、その人が目に見えることしか信じない生き方なのか、それとも見える現象を越えた世界があることを信じることができるか、という価値観の差が大きく影響してくるように思います。 

posted by kbccQandA at 06:45| キリスト教

問 16. キリストは神に近い聖人であったのではありませんか

釈迦、孔子そしてキリストを世界三大聖人と言われます。しかしキリストは単なる偉大な聖人ではないのです。もしキリストが神でなかったら、キリストは大ペテン師ということになるでしょう。論理が飛躍しすぎていると言われるかも知れませんが、決してそうではありません。たとえばキリストはこう言われました。「わたしと父(神)とは一つです」(ヨハネ 10:30)とか、「わたしは道であり真理であり命です」(ヨハネ 14:6)「わたしはよみがえりです。命です。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです」(ヨハネ 11:25)このような言葉は単なる励ましでは言いきれない内容です。そしてもしそれが嘘なら、キリスト教は歴史のふるいにかけられて、とっくの昔に葬り去られていたことでしょう。しかし今日、世界中のまじめな人がキリストを信じ、救いと希望を見いだすことを思えば、やはりキリストは単なる聖人ではないと結論せざるを得ないのではないでしょうか。 

posted by kbccQandA at 05:46| キリスト教