2017年01月12日

問8・ 神が愛ならどうしてこの世に不幸があるのですか?

これは「苦難」に関する問題で、昔から宗教家や哲学者達がこの難問に取り組んできました。ただ言えることは実際に苦しんでおられる方にとって知的な理解だけでは解決にならないということです。聖書にでてくるヨブという人は人格的にも信仰的にも立派でした。しかしその彼が苦難にあいます。一夜にして財産、子供を失い、更に業病に襲われ苦しみます。この理不尽な苦しみに対して彼は「なぜ自分が苦しまねばならないのか」と神に訴えます。そして長い試練の後、ついに夜明けを迎えるのです。生ける神に出会う経験をするのです。このとき、彼の疑問は、それが答えられたというより、その疑問の心自身が溶かされ、疑問そのものが消え去ります。こうして彼はこの世における苦しみの謎を、神ご自身の解決にまかせることができたのです。そしてもう一つお伝えしたいのは、人生の矛盾を経験するとき単に理屈では解決できません。不公平だと思う人生を歩んで来られた方にお勧めしたいのです。あなたは人生そのものに絶望しておられるかもしれませんが、イエス・キリストというお方を紹介したいのです。神の御子であるにもかかわらず、その生涯は矛盾の連続でした。神の御子なのに馬小屋で生まれ、罪がないのに罪人として裁かれ、その生涯全体が全人類の罪の責任を身代わりに負う苦しみの連続だったのです。そして救いの道を開いてくださったのです。もしあなたが、最愛の人を失い、人生の矛盾に苦しんでおられるなら、どうかイエス・キリストを知っていただきたいのです。そこに単なる教えや悟りではなく真の救いがあるでしょう。

 

posted by kbccQandA at 11:20| キリスト教

問9. 私は生まれた時から障害があり悩んできました。なぜ自 分だけ不幸なのか、また最近ある宗教の布教師が来て 「その障害には先祖の悪い霊が取り憑いている」と言わ れ、大変ショックです。私の生きる道はあるのでしょうか?

この文章の中だけでもあなたが随分心ない言葉で傷つき大きな苦悩を感じてこられたことを思い、その心中をお察しします。世にいう因果応報の間違った思想でどれほどの多くの方が苦しんでこられたかと心痛みます。聖書の中にこんな話が載っています。生まれながらの盲人を見てキリストの弟子達が尋ねるのです。「この人が盲目に生まれたのは誰が罪を犯したからですか。この人ですか。それとも彼の両親ですか」その時キリストがこう言われたのです。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神の業がこの人に現れるためです」(ヨハネ 9:1-3)神の業とは、神を信じて生きることの素晴らしさがこの障害を通して体験する、という意味です。どうぞ聖書が語る神の愛と救いをお知りください。心からお祈りしています。 

posted by kbccQandA at 10:26| キリスト教

問 10. 何のために生まれてきたかわからない

この質問は生きる上でとても大切な問題です。でも多くの方はこれが解らないまま生きておられるのではないかと案じます。これを知るためのヒントを申し上げますと、例えば目の前のコンピューターが何のためにあるのか、どの様な働きができるのか、について最もよく知っている人は、そのコンピューターの作者でしょう。それと同じように人間の生きる目的については、人間に命を与えた作者に聞くのが一番賢い方法だと言えます。では人間の命の作者は誰でしょうか。両親ですか。両親は産んだのであって、生かしたお方ではありません。聖書によれば、命の作者は創造者である神なのです。その神は聖書を通して人間の生きる目的を示しておられます。ですからこの質問の答の鍵はあなたの誕生日に命を与えてくださった神に聞く(聖書に聞く)ことにあると言えるでしょう。

 

posted by kbccQandA at 10:23| キリスト教